山陰出張

意思決定の前の諮問機関にお呼びがかかりプレゼンの巻。
ご提案申しあげると、さすが相手は代表取締役社長。
自信があるなら任せるよ。全部にしたらどうか。というご意見ごもっとも。
究極は、これは虚業の極みだねという発言も。


残念ながら、金融機関は横並びなんですよ。
誰かがリスクを取ると独り勝ちか独り負け。
金融機関として恐るべしはマイナスなので、独り負けは嫌。
となると変わったことによるマイナスの影響が計り知れないんですよ。
当事者でありながら第3者で見てしまうのはよくないんだろうなと思う。
営業に向いてない。
おれがおれが、というのは元々嫌いである。
そもそも日本語すら流暢に話せないので、人の上に立つ人ではない。
自分の世界を邪魔してほしくないというのは理系的な勝手なわがまま。
頭の中は超文系で非論理極まりなく、発する言葉もBroken Japaneseだが、入り混じりなところがあるらしい。


偉いさんからしたら、細かいことはよくわからんが、やりたいと言っていること、効果があると思っていることならやったらいい、と思うのは普通だな。
そう考えると、営業って商品性は二の次で、偉いさんに自信を持ってオススメするということだけかもしれん。
販売責任は負わねばならないが、残念ながら金融業界は自己責任なので、負えないんです。
なので、過去から勝手な理屈でご提案申しあげ判断をゆだねるしかないのです。
それは、金融機関が判断したとき、マイナスの判断になったが最後、損害賠償をしきれないからだろうね。
そもそも社会インフラとして余計な賠償リスクを負うことは許されないので、どうしても判断を任せるしかない。
判断してもらうには情報提供しかないが、100も1000もある銘柄をどうしていってるかなんて個別に説明できないし、聞く方も辛いので結局は結果だけになるのは仕方の無い世界か。
究極の虚業といわれると反論の余地はないね。
貨幣経済と資本主義が作ったゼロサムゲームと思うしかない。
誰かが儲けて誰かが損する市場運用は虚業なので、実業に投資しないとわからない、と思う感覚は普通。
発行体も資金が必要なこともあり経済性からいうと必要なんだけど、売買ゲームもできてしまうのが悩ましいところか。